東急ハンズ名古屋店と、理系を諦めなかった自分の話
2026年6月27日
ハンズ名古屋店が、2027年1月に営業を終了する。
「ハンズ名古屋店」と書くのが今の正式な呼び方なのは分かっている。東急ハンズが、今では「ハンズ」という名前になったことも知っている。けれど、自分の記憶の中では、あの店は今でもずっと「東急ハンズ名古屋店」のままだ。
そして、この記事でもあえてそう呼びたい。
JRセントラルタワーズ、ジェイアール名古屋タカシマヤの上の方にある、あの大きな東急ハンズ。名古屋に行く機会があると、ほとんど必ず立ち寄っていた。自分にとってそこは、ただの雑貨店ではなかった。
化石、鉱物、科学グッズ、理科実験の道具、科学雑誌。小学生の頃の自分にとっては、ほとんど小さな科学館のような場所だった。

閉店すると聞いて、かなり寂しい。
もちろん、名古屋にも他のハンズはある。全国の主要都市にもハンズはある。最近のハンズを批判したいわけでもない。ただ、それでも、自分にとって東急ハンズ名古屋店は他の店舗では替えが効かない場所だった。
最近の多くのハンズは、少し小洒落た雑貨屋さんに近づいているように感じる。もちろんそれはそれで良い。でも、東急ハンズ名古屋店には、「ハンズ」という名前の通り、自分の手でものを作る体験を大切にしている空気があった。Loftではなく、わざわざハンズに行く理由があった。
とにかく、こだわりの強い店舗だった。
そのこだわりが、自分は本当に好きだった。
科学は、最初からテストの科目だったわけではなかった
小学生の頃は、むしろ理科が好きだったのだと思う。
田舎育ちだったので、放課後の遊び場は川だった。魚を捕ったり、水の中をのぞき込んだり、何がいるのか探したりしていた。今になって思えば、あれも自分にとってはかなり原始的な「観察」だったのかもしれない。
ただ、その頃の理科への興味は、教科書やテストよりも、もっと実物に近いところにあった。川にいる魚、石、虫、化石、鉱物、実験道具。何かの仕組みや、自然の不思議が、手で触れられるものとして目の前にあることが好きだった。
だから、東急ハンズ名古屋店の地球研究室は、自分にとってかなり特別な場所だった。
地球研究室という、ワクワクで満たされた空間
地球研究室で一番印象に残っているものは何か、と聞かれると、特定の商品を一つ挙げるのは難しい。
たぶん、あの空間そのものが好きだった。
多種多様な化石や鉱物、原石、科学グッズ、理科実験の道具、科学雑誌。ひとつひとつを買うかどうかよりも、棚の前に立って眺めている時間そのものが楽しかった。
名古屋に行ったら、まずそこに行きたい。
何時間でも見ていられる。
そんな場所だった。




特に覚えているのが、小学生向けの新聞に載っていたキャンペーンだ。東急ハンズ名古屋店で1000円以上買い物をすると、アンモナイトの化石や、虫入りの琥珀がもらえる企画が定期的にあった。
自分は実際に、アンモナイトも虫入り琥珀ももらった。
そこから、化石や鉱物を集めるようになった。宝石といっても、きれいに加工されたアクセサリーではなく、原石や標本のようなものが好きだった。そのほとんどの調達ルートが、東急ハンズ名古屋店だった。
今は一人暮らしなので手元にはないけれど、実家には当時集めた化石や鉱物が全部残っている。捨てたものは一つもない。

大人の科学マガジンと、蓄音機の記憶
同じ頃、東急ハンズ名古屋店で「大人の科学マガジン」を見つけた。

これも親にねだったりして、かなりのラインナップを買ってもらった気がする。3.5ミリフィルムの映写機、蓄音機、いろいろな科学キット。自分にとっては、それらもゲーム機のようなものだった。
実際、いわゆる電子的なゲーム機はあまり欲しいと思っていなかった。ゲームを全然やらなかったわけではないけれど、自分にとっての遊び道具は、化石や鉱物や科学キットだった。親も、興味の赴くままにかなり買ってくれた。



中でも一番好きだったのは、ターンテーブルにレコードを乗せるタイプの蓄音機だった。
こんな簡単な仕組みで、こんなに繊細に音が聞こえるんだ、と思った。電気的に増幅しているわけではないのに、針が溝をなぞり、振動が音として立ち上がってくる。その仕組みにかなり感服した記憶がある。

祖父の家にはクラシックのレコード盤がたくさん眠っていたので、それをもらってきて、何枚も聴いていた。
今思うと、自分が好きだったのは、単に「理科っぽいもの」ではなく、仕組みが見えるものだったのかもしれない。動きがあって、原理があって、手で触るとそれが少し分かるもの。そういうものに、昔から強く惹かれていた。

それでも、理系科目は得意ではなかった
ただ、中学に入ると、数学や物理に苦手意識を持つようになった。
高校では、数学、物理、化学に対してかなり苦手意識があった。点数も思うように取れなかった。逆に、英語、地理、現代文は比較的得意だった。特に地理は好きだった。
先生からも、文系の方が向いていると言われたことがある。
実際、成績だけを見れば、文系に進む方が自然だったのだと思う。理系科目の点数が取れないことに辟易した時期もあった。理系を選ぶことが、自分にとって本当に正しいのか分からなくなることもあった。
でも、どこかで理系を諦めたくない気持ちだけが残っていた。
決定的な瞬間があったわけではない。「この日から理系に進もうと決めた」という記憶はない。ただ、中学に入っても、高校に入っても、名古屋に行くたびに東急ハンズ名古屋店へ行き、地球研究室の棚の前に立っていた。
学校の理系科目には苦手意識があった。
それでも、あの空間に行くと、科学はテストの点数だけではないことを思い出せた。
理系科目としての数学や物理には、何度も折れそうになった。
それでも、科学そのものへのワクワクは、教室の外に残っていた。
理系を諦めなかった理由
自分にとって科学は、最初からテストの科目だったわけではなかった。
川で魚を捕ること。化石を眺めること。原石を集めること。蓄音機の針から音が鳴る仕組みに驚くこと。フラスコやビーカーが並ぶ棚を見て、何に使うのか想像すること。
そういう体験の積み重ねが、自分の中で「理系っぽいもの」への憧れをつくっていたのだと思う。
中学や高校で理系科目が苦手になっても、その憧れが完全には消えなかった。むしろ、点数とは別の場所に、理系への接点が残っていた。東急ハンズ名古屋店は、その接点を定期的に思い出させてくれる場所だった。
だから、自分が理系を諦めなかった原点が東急ハンズ名古屋店にある、と言っても過言ではないと思っている。
去年の研究と、昔の記憶
学部時代、月面探査を想定した小型群ロボットの研究に取り組んだ。
CADで部品を設計し、3Dプリンタで試作し、実機を動かし、実験データを解析する。そういう研究をしていると、昔好きだったものと今やっていることは、思っていたより地続きなのかもしれないと感じる。
化石や鉱物とロボット研究は、一見するとかなり遠い。けれど、自分の中では、どちらも「未知のものに近づきたい」「仕組みを知りたい」「実物に触れながら考えたい」という感覚でつながっている。
仮説を立てて、実際に試して、結果を見て、また考える。科学はそうやって進んできた。地球研究室に並んでいたものたちは、そのプロセスの先にある成果物や道具のように見えていたのだと思う。
あの場所には、科学が積み上げてきたものへのワクワクが詰まっていた。
もう一度、あの棚を見に行く
閉店前に、もう一度行く。
行きたい、ではなく、行く。誰に言われるまでもなく、必ず行くと思う。
たぶん、昔のように何時間も棚の前に立つ。化石や鉱物を見て、理科実験の道具を見て、大人の科学のようなものを探して、今でも少しワクワクするのか確かめると思う。
そしてたぶん、寂しくなると思う。
自分にとって東急ハンズ名古屋店は、単なる買い物の場所ではなかった。
文系科目の方が得意だった自分が、それでも理系を諦めずにいられた場所。科学を、点数ではなくワクワクとして思い出させてくれた場所。Loftではなくハンズに行く理由が、ちゃんとそこにあった場所。
他の店舗では替えが効かない。
あのこだわりの強い東急ハンズ名古屋店が好きだった。
だから、閉店のニュースを見て、ただ残念だと思っただけではなかった。自分の理系への道をつなぎ止めてくれた場所がなくなるのだと感じて、こんなにも寂しいのだと思う。
この文章は、その愛を残しておくために書いている。

